博多オヤジのココロ

博多を愛し,旅を愛し,酒を愛する  博多オヤジの徒然日記 どうぞ,ごゆっくりお過ごしください。

多面的思考と単面的思考 2021/03/28

物事を検討する時には

多面的思考が欠かせない


多面的思考は

エビデンスをもとに

人・物・事で思考し

メリット・デメリットを分析し

最善の方策を検討する


要は冷静に幅広く考えて,案を批判してみて

理解と納得が得られるか

説明責任を果たせるかが肝である


単面的思考は

結論が先にある場合が多いと感じる

その結論を裏付ける理由は少ない

だから別の面から突っ込まれると弱い

整合性がない

そして時に感情的になる


トップリーダーとして

熱い心を持ちながら,冷静に思考して決断する

責任は自分がとる

自分に言い聞かせてきた

最後までやり抜く

退職のご挨拶と頂き物と頂いた言葉 2021/03/27

ここ数日,退職の挨拶が続いている

職場の方々

地域の方々

関係機関の方々などに

直接または電話でご挨拶している


多くの頂き物を頂戴した

花,お菓子,茶器など

どれも心温まるものである


ある方からは,「奥さんより料理上手になってくださいね」と

エプロンを頂戴した


また,多くの言葉を頂いた

「お疲れ様でした」

「頑張ります」

「多くのことを学ばせてもらいました」など

ありがたい言葉である


特に印象に残っているのは

「淀んでいた空気を払拭していただきありがとうございます」である


これまで,関わってきたそれぞれの方々が

私との関係性の中で感じている気持ちを表現されていると認識している

みなさん,今までありがとうございました



23回目の結婚記念日 2021/03/21

1998年3月21日に妻と結婚式を挙げた

ご来賓のお祝いの言葉

「今日は3月21日です。321です。サニーです。太陽のように輝いてください。」

忘れられない言葉である


あれ以来,私と妻の合言葉になっている

二人で頑張って来た

二人で笑ってきた

二人で泣いてきた


妻と出会えたから

今の私がいる

今日という日を迎えることができた


今までありがとう

これからもよろしく

ソウル駐在の思い出 その7 2021/03/20

1999年から2002年まで

3年間,ソウルで勤務した


思い出 その7


ソウルでの家は借りていた

ある一定の金額を大家さんに預けると

月々の家賃の支払いは必要がない「チョンセ」と言うシステムであった

韓国はこのシステムが主流であった

多分今もそうであろう


大家さんは,借主からある一定の金額(保証金)を預かり

それを運用して儲けるという仕組みである

そして借主が退去するときは

預かっておいた一定の金額を借主に戻すのである


三年間の勤務を終え,帰国が近づいてきた

退去する連絡を電話でするが出ない

何日も出ない

帰国日はだんだん近づく

やっと電話に出た

退去するから預けておいたお金を返してほしいと伝え

会う日時を決めた


その日が来た

しかし,時間になっても来ない

電話もでない

帰国は明後日である


やばいやばい

いろいろと最悪のことを想定する


約束の三時間後に来てくれた

車が混んでて遅れましたと

ニコニコしながら返金してくれた


日本に帰ったら,これを飾ってと

美術品までお土産で頂いた


大家さん,ありがとう

心配した私がいけませんでした

でも,一時は本当にかなりビビった

カムサハムニダ

櫛田神社の阿部宮司様にご報告 2021/03/15

博多部にある勤務先に着任以来

櫛田神社の阿部宮司様には何かとお世話になってきた


櫛田神社の様々な行事にご案内を頂き

ありがたく参加させて頂いてきた


昨年の節分祭では豆まきもさせていただいた

直会(なおらい 博多部の飲み会のこと)も

何度もご一緒させて頂いた


博多の街を元気にする

地域や人の繋がりを大事にするなど

阿部宮司様の熱い想いに触れ

私も頑張らねばと思うことがよくあった


阿部宮司様に本日,早期退職のご報告に行った

寂しくなるけど,今まで本当にお疲れ様と労わってくださった


最後の勤務先が博多部であったことで

阿部宮司様をはじめ,長谷川法世様など

さまざまな方々に出会わせて頂いたことに

本当に感謝している



ソウル駐在の思い出 その6 2021/03/14

1999年から2002年まで

3年間,ソウルで勤務した


思い出 その6


ソウルジャパンクラブ(SJC)は

ソウルにある日本企業等の団体である

名誉理事長は
大韓民国特命全権大使が就任されていた


年に一度,各社・各団体が集うソフトボール大会がある

私の勤務先もチームを編成して出場する


大会の一月前から,練習に入り

練習試合も行う

いろいろな商社・企業・マスコミ・大使館などの

各チームとよく練習試合をした

その後は,懇親会となり色々な話で盛り上がる


ある商社は,ソフトボール大会の成績も勤務評価に入っているらしく

ヒット打てなかったら,日本に帰されるかもしれないと心配されていた(笑)


三年間出場して,二回優勝した

最後の年は,主将を務め胴上げしてくれた

勤務先の家族全員が集まっての

焼き肉屋での優勝祝賀会が懐かしい

壱岐島のご先祖様へのご挨拶 2021/03/14

私の両親は壱岐島出身である

父は地方公務員,母は保育士として

二人で博多で頑張って来た


壱岐島には祖父,祖母をはじめ,ご先祖様のお墓がある

年に二回は墓参りに行っている

守っていただいていることに感謝する墓参りである

伯父,伯母も健在であり,会うのが嬉しい


しかし,コロナ過で昨年は一度も行けなかった

四月以降,退職のご挨拶と感謝の墓参りに行きたい


帰りはいつもスーパーマルエーで

焼酎壱岐と固くて大きい壱岐豆腐と

まる龍の刺身醤油を必ず買って帰るのも楽しみである